ラテンアメリカ:「人類滅亡の日」にマヤの地を訪れる
あけましておめでとうございます。
今年もグローバル・ボイスでラテンアメリカの声を日本に届けたい鎌田です。
さて。日本でも話題になった「2012年12月21日世界滅亡説」。
NASAが説を否定するビデオをYouTubeにアップするなど大騒ぎでしたね。
この根拠(?!)になったのが、中米に栄えたマヤ文明の暦。
「滅亡の日」の現地の様子をお伝えいたします。
・マヤ文明について
マヤ文明は、メキシコ東南部、ベリーズ、グアテマラなどユカタン半島を中心に繁栄した文明。
紀元前3世紀ごろから発達しはじめ、密林の中に多くの都市を築いて繁栄した。メキシコのチチェン・イツァ、ウシュマル、パレンケ、グアテマラのティカル、そしてホンジュラスのコパンなどの遺跡が有名です。9世紀ごろから衰退し、16世紀にスペイン人に征服され歴史から消えました。
マヤの人々は都市建設、独自象形文字の利用、天文観測と正確な暦など高度に発達した側面がある一方、金属器は知りませんでした。
fig1. マヤ文明が栄えたユカタン半島。まだ多くの都市遺跡が密林の中に眠っているといわれている。
時々、「マヤって黄金帝国でしょ!」と言う人がいる。
が、それは南米のインカ帝国。
マヤのためにも、インカのためにも、本人のためにもぜひ訂正してあげてください。
・「滅亡説」のもとになったマヤの暦とは?
マヤの暦には、「バクトゥン」という区切りがあります。
1バクトゥンは144000日。
そして、マヤは13という数字を重視していました。
そのため13バクトゥン(太陽暦約5125年)はとても大きな区切り。
そして、太陽暦紀元前3114年にはじまった第13バクトゥンが2012年12月21日(~23日)に終わるということで、「滅亡説」にまで暴走してしまったのでした。
・当日の様子
マヤ主要遺跡を擁する中米各国は、この「滅亡の日」を外貨獲得チャンスとして準備をしていました。
各地で観光客を呼び込むためのプロモーション活動が展開され、遺跡周辺では特別イベントが行われていました。
私が訪れたのはホンジュラスのコパン遺跡。
21日は来場客でいっぱいになると予想し、前日に行ってみたら・・・あ・・・れ・・・?人が全然いない!

fig2. コパン遺跡を訪れました。
一方、遺跡最寄りのコパンルイナスの町は、世界各地からやってきた観光客で賑わっていました。観光客狙いの露店やクリスマスシーズンのイルミネーションもあり、夜までおおにぎわい。

fig3. 夜のコパンルイナスの町

fig4. コパン・ルイナスの中央公園のイベントの様子。ホンジュラス料理の試食会。町には外国人観光客がたくさんいたのに、この試食には現地人ばかり…?

fig5. コパン・ルイナスの中央公園のイベントの様子。夜はメインステージでショー。
このようにして21日夜は更け、そして、22日の朝はいつもどおりやってきたのでした。
・まとめ
2012年12月21日を過ぎましたが、地球も人類も健在です。
…と思っていたら、「2012年12月21日は計算間違いで、2015年9月3日が正しい」という新説が浮上中。
うーむ。
2015年9月3日にも滅亡しなかったら、また新たな説が出てくるのでしょう。
人類、しぶといです。
正確な日付の算出は専門家に任せるとして、新たなバクトゥンもグローバル・ボイス日本語を宜しくお願いします。
