木曜日, 1月 10, 2013

ラテンアメリカ:「人類滅亡の日」にマヤの地を訪れる

あけましておめでとうございます。

今年もグローバル・ボイスでラテンアメリカの声を日本に届けたい鎌田です。

さて。日本でも話題になった「2012年12月21日世界滅亡説」。

NASAが説を否定するビデオをYouTubeにアップするなど大騒ぎでしたね。

この根拠(?!)になったのが、中米に栄えたマヤ文明の暦。

「滅亡の日」の現地の様子をお伝えいたします。



・マヤ文明について

マヤ文明は、メキシコ東南部、ベリーズ、グアテマラなどユカタン半島を中心に繁栄した文明。

紀元前3世紀ごろから発達しはじめ、密林の中に多くの都市を築いて繁栄した。メキシコのチチェン・イツァ、ウシュマル、パレンケ、グアテマラのティカル、そしてホンジュラスのコパンなどの遺跡が有名です。9世紀ごろから衰退し、16世紀にスペイン人に征服され歴史から消えました。

マヤの人々は都市建設、独自象形文字の利用、天文観測と正確な暦など高度に発達した側面がある一方、金属器は知りませんでした。

fig1. マヤ文明が栄えたユカタン半島。まだ多くの都市遺跡が密林の中に眠っているといわれている。

時々、「マヤって黄金帝国でしょ!」と言う人がいる。

が、それは南米のインカ帝国

マヤのためにも、インカのためにも、本人のためにもぜひ訂正してあげてください。



・「滅亡説」のもとになったマヤの暦とは?

マヤの暦には、「バクトゥン」という区切りがあります。

1バクトゥンは144000日。

そして、マヤは13という数字を重視していました。

そのため13バクトゥン(太陽暦約5125年)はとても大きな区切り。

そして、太陽暦紀元前3114年にはじまった第13バクトゥンが2012年12月21日(~23日)に終わるということで、「滅亡説」にまで暴走してしまったのでした。



・当日の様子

マヤ主要遺跡を擁する中米各国は、この「滅亡の日」を外貨獲得チャンスとして準備をしていました。

各地で観光客を呼び込むためのプロモーション活動が展開され、遺跡周辺では特別イベントが行われていました。

私が訪れたのはホンジュラスのコパン遺跡。

21日は来場客でいっぱいになると予想し、前日に行ってみたら・・・あ・・・れ・・・?人が全然いない!

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fig2. コパン遺跡を訪れました。

一方、遺跡最寄りのコパンルイナスの町は、世界各地からやってきた観光客で賑わっていました。観光客狙いの露店やクリスマスシーズンのイルミネーションもあり、夜までおおにぎわい。

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fig3. 夜のコパンルイナスの町

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fig4. コパン・ルイナスの中央公園のイベントの様子。ホンジュラス料理の試食会。町には外国人観光客がたくさんいたのに、この試食には現地人ばかり…?

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fig5. コパン・ルイナスの中央公園のイベントの様子。夜はメインステージでショー。

このようにして21日夜は更け、そして、22日の朝はいつもどおりやってきたのでした。



・まとめ

2012年12月21日を過ぎましたが、地球も人類も健在です。

…と思っていたら、「2012年12月21日は計算間違いで、2015年9月3日が正しい」という新説が浮上中。

うーむ。

2015年9月3日にも滅亡しなかったら、また新たな説が出てくるのでしょう。

人類、しぶといです。

正確な日付の算出は専門家に任せるとして、新たなバクトゥンもグローバル・ボイス日本語を宜しくお願いします。